業界雑誌の転機

今から結構昔のことですが、当時、数多くの風俗雑誌が創刊されていった。AVギャルを扱っていた雑誌が風俗専門誌に鞍替えするなんてことも多かったのである。これはAVギャルを使うよりもモデル代がかからないなど、制作費を安くあげられるといった経済的理由ももちろんあったのだろうが、それ以上にAVよりも風俗の方が盛り上がっているという、時代の必然的なニーズもあったからだと思う。

さらに風俗をテーマにしたAVのブームも象徴的だった。それまでにも、ソープやピンサロ、ヘルスなどをテーマにしたAVはあった。しかし、それらはテクニックに焦点を当てていたり、大塚のデリヘル嬢にフェラチオ合戦などをやらせたりと企画色の強いモノばかりだった。『風俗無法地帯』(KUKI)なる風俗AVを監督したことがあるのだが、それも彼女たちの自宅を訪れて話を聞き、お店でのプレイを再現してもらうというインタビュー中心の内容だった。風俗のプレイをそのまま撮っただけでは、AVにはならない。そんな意識があったのだと思う。

しかし、AV界の鬼才が、まさにプレイの様子をそのまんま撮影しただけの作品、『THEフーゾク』シリーズを発表し、これが大ブレイクした。そのヒットを追うかのように各メーカーからも風俗AVが相次いでリリースされた。

AVアイドルが引退後、風俗で働くというコースが定番化し、それ以上に現役の企画系モデルが風俗でも働くというパターンが増加、さらにはモデルプロダクションが経営する風俗店なども現れ、両者のシームレス化は進んで行った。

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バカ風俗

歌舞伎町の風俗「H」グループは、今思えばあらゆる意味で革命的でした。それは、それまでの風俗店のような、一部の風俗ライターと癒着に近い関係を持ちそれ以外の取材は全面拒否・・・そんな姿勢ではなく、「H」グループは、取材に協力的だったからです。どんな取材でも愛想よく受けてくれていたのです。当時、まだ駆け出しのライターだった自分にとっては、正直いってありがたい存在でしたね。

マスコミ対策にと、コンニャク素股、ハケ水車といったバカバカしいプレイを考えつくのも「H」グループの得意技でした。人肌にまで暖めたコンニャクを素股の際に使い、より本番感覚を味わってもらおうというふれこみだが、もちろん、お店側としても、わざわざそんなことを希望する客がいるとも思えないことは承知の上。「こんなバカなプレイをやる店がある」とマスコミに取り上げてもらうことが最大の宣伝になると考えたというわけなのです。思惑通り、この宣伝方法で「H」グループは多くの顧客を獲得していきました。それを真似るようにバカバカしいプレイを企画する店はどんどん増えていったのです。

そして僕は、それをモロに受け止めて、実際に体験して取材していった。経験も知識も浅い駆け出し風俗ライターにとってはカラダを張って勝負するしかない。ちょうどフリーになった頃に、知り合いの監督に声をかけられて、AV男優のバイトを始めるようになっていたため、人前でハダカになること、痴態をさらすことには抵抗がなくなっていた。僕はやっきになって、こうした「バカ風俗」を体験していった。

先にもお話したように「バカ風俗」は、あくまでもマスコミに取り上げてもらうことが目的。実際にはやっていないことがほとんどなんですよね。だから、「このプレイを体験させてください」と取材にいっても、女の子もやったことがないので「これどうやるんだろうね」などといって二人で考えながら試してみることもしばしばだった。たいていが、ちっとも楽しくも気持ちよくもない企画倒れ。でもそのトホホさ加減が何だか楽しかった。

今の時代こそ、そんな「とほほ」が必要とされているのではないだろうかとも思いますね。

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